『アマノジャク・思春期』岡倉光輝監督インタビュー

date : 2019/07/27

「受け口」というコンプレックスを抱えた子どものころの監督の実体験を元に作られた『アマノジャク・思春期』は、その力のこもったいじめや人間関係の描き方が鮮烈なインパクトを与え、第18回TAMA NEW WAVEコンペティション(2017)にて特別賞を受賞。今回待望の劇場公開に合わせて岡倉光輝監督にインタビューを行い、自身の体験をベースに本作を撮ることになった経緯やこだわりの演出などについて語っていただいた。

聞き手(実行委員:佐藤・宮崎・松田)

——— 本作は監督ご自身の体験をもとに映画化されたとお伺いしました。この映画を撮ることになったきっかけや経緯について教えてください。

岡倉:受け口の治療が終わって21歳のときに大学へ入学したのですが、大学の文化祭で、シナリオサークルの映画上映会があったんです。入学前から映画は好きで、シナリオを書くことにも興味があったので、その上映会をのぞかせてもらいました。当時はDVX100Bというカメラが流行っていて、みんなそれで映画を撮っていたんですけど、そのカメラで撮られた映画の画作りがすごく繊細で、きめ細やかで感銘を受けて、サークルに参加することを決めました。そこには東京学生映画祭など学生映画祭に作品を出品して受賞している先輩方もいて、彼らのDVX100Bの画作り、つまり撮る人や、どういうものを撮りたいのかによって、それぞれ画の質感も異なってくる点に魅せられたのが、映画を撮りたいと思ったきっかけですね。

その後、自分でも映画の脚本を書き始めるのですが、なかなか納得できるものが書けなかったんです。他のサークルメンバーの作品にスタッフやキャストとして参加したりはしていたものの、結局大学卒業間近になっても自分の映画は撮れていなくて、その悔しい思いがあって、どうにか書き上げたものが、過去の経験を題材にした自分の悩みの話でした。大学では撮影するまでに至らなかったのですが、卒業後にサークルの先輩が通っていたENBUゼミナールに入学して、その中間制作で撮影することとなりました。

——— 映画を作りたいという思いがあったとはいえ、ご自身が過去に悩まれていた体験をテーマに選ぶのは、勇気がいる選択だったのではないかと想像します。どのようにしてそれを決意するに至ったのでしょうか。

岡倉:大学の映画サークルの先輩で、工藤隆史さんというPFFに入選された方の『継母』(2012)という作品があるんですけど、その作品も監督自身の大学生活とアルバイトと就職活動とを折り合わせていく大変さを、女性を主人公に据えて撮っていたんですが、そのような作品に影響を受けて、自分自身の話を撮ったのかもしれません。大学に入学してから脚本を書き上げるまで、自分が受け口だったと誰にも言ったことがなかったんですけど、一種のカミングアウトのような気持ちもあって、自分の思いの丈を込めた脚本を書きました。また、これは自分が実際に経験した話がベースになっているからなのかもしれませんが、「撮りきりたい」という思いは強くありましたね。

——— ここからは具体的に作品内容についてお伺いできればと思います。いじめを受ける主人公のキャラクターですが、生々しい存在感を帯びていて目が離せなくなりました。劇中のエピソードが主人公のキャラクターをうまく描写していると感じましたが、どのようにエピソードを構成されていったのか、お聞かせください。

岡倉:こう言ってしまうとつまらないかもしれないのですが、身近にあったことを、いろいろと盛り込んでいます。実際に映画で描かれてるような子どもだったんです。峰岸真理も、実際に自分の家の近所に住んでいた女の子がモデルとなっています。その子にはお兄さんがいたのですが、家の隣に駐車場があって、そこに金柑の木が生えていたんです。そのお兄さんが金柑を飼っていた柴犬に食べさせているのを見て、じゃあ金柑をもっとたくさんあげたら、この犬が喜ぶんじゃないか。そしたら、近所の家の女の子も喜ぶんじゃないかと、かなり自分勝手な思い出から引っ張り出して、そんな感じで脚本のエピソードを構成していきました。

——— 主人公の弟のキャラクターも主人公と比較してみることで、作品にユニークな表情を与えることになっているように感じました。

岡倉:こちらも、ほぼ実体験に基づいているんですが、実際は弟ではなく、妹なんです。妹を弟に置き換えて脚本を書きました。乳歯のシーンも自分のやったことなんです。自分が問題児だったので、妹にもすごく迷惑をかけていて、「あの兄貴の妹だ」と言われてまわりから冷やかされていることも知っていました。「この兄貴みたいにはなりたくない」ってきっと妹は思ってたんだろうなという過去の記憶が、妹を置き換えた弟のキャラクターに反映されているかもしれません。

——— 劇中のアクションシーンですが、非常に重たい効果音で暴力を表現されているのが印象的でした。このような暴力やいじめの描写についてのアイデアやこだわりはどのようにして生まれてきたのでしょうか。

岡倉:アクションには編集処理を加えてたりしていますし、効果音も確かにこだわりました。自分の初めての映画だったので、誰も観たことがないものにしたいという狙いはありました。ただ、暴力表現だけが受けるような映画にはしたくなかったし、小学校時代に結構きつい経験をしていたことを受け止めてほしかったし、いろいろな感情が詰まっていますね。観る人にインパクトを与えたいという思いはすごくありました。

図書室で頭突きをするシーンがありますよね。実はあれ、本来は頭突きではないんです。自分が小学生のころに頭突きというものがわからなくて、校庭で追いかけ回された仕返しに、図書室まで追いつめておでこをかち合わせるみたいなことをやった経験に基づいて、そういう痛い思い出から生まれているシーンだったりします。

『アマノジャク・思春期』より

——— 子どもたちを描いた映画となるため、多くの子役がキャスティングされております。キャストはどのように選ばれたのでしょうか。

岡倉:脚本が出来上がったあと、企画書を俳優募集サイトなどに投稿することからはじめて、オーディションを行っていきました。事務所に所属している俳優の方々にもあたってみたいと思い、俳優事務所に企画書を送ったりもしながら、撮影直前に決まったのが主演の山本楽くんでした。オーディション期間は3ヶ月かけてやっていました。

オーディションではセリフの飲み込みの早さを見ていました。台本を渡して、役のイメージで感情を込められるかというのを見ていたのですが、主演の山本楽くんとヒロイン役の千野羽舞さんはすぐ役柄になりきってすごく勢いのある演技をされていたので、この子はいいなと思って選びました。いつも緑の洋服を着ているいじめっ子を演じた拓羊くんも、いじめっ子の役で申し訳ないと思いつつ抜擢しました。自分の映画に出る登場人物にはアクの強さを求めていて、主人公の山本くんも繊細な演技をこなせるタイプの俳優さんですけど、シーンのなかでこの子を見ていたいと思わせるようなアクの強さがどこかあって、そういう子たちを選ばせていただきました。

——— なかなかこのような重いテーマを子どもたちに理解してもらうのも大変だったのではないかと想像しますが、演出の際に気を使われたことなどがあればお聞かせください。

岡倉:まず、子どもたちに演じてもらうという点で一番気をつけたのは、アクションシーンですね。給食でのショットみたいに難しいショットは極力テイク数を抑えるよう慎重にすすめていましたし、地面に転がるシーンも多いので、ジーンズと長袖、もしくは七分袖を着ているときは肘と膝にサポーターを付けてもらっていますね。

キャストに映画を理解してもらうという点でいうと、セリフを言うときにこういう感じでやってくださいと声の大小やトーンだけで説明するのでなく、こんなとき、彼らはどういう気持ちなのかというのを、心理状況についても細かく説明していました。そういう説明に細かく反応してくれるキャストが集まってくれていたので、ありがたかったです。

——— 子どもたちの世界を描いているために、大人の登場をメインとした普通の映画と比べて人物目線のショットで「見上げる」「見下ろす」といった高低差を感じる印象的なものが多かったとおもいます。また、カメラ位置の高さや仰俯角の選択により、ダイナミックな世界観を演出されていると感じました。

岡倉:自分が小学生時代に感じていた、大人は正直怖いし、周りのクラスメイトも近所の女の子以外嫌という精神状態をなるべく画にしたいという思いがありました。撮影では、当時自分がどう思っていたかとか、そういう心理状態に寄り添えるような、場所選びだったり画角選びだったりとか、そういう相談はスタッフともしていました。カメラマンの西村洋介さんと前田大和さんの腕もよかったんですけど、画角については議論を重ねました。画面の構成については、印象的なカットを重視して撮影を行いました。

——— 主人公と弟、主人公と峰岸(ヒロインの女の子)、主人公と母親の間には正面(及びほぼ正面に近い斜め)からの切り返しショットがありますが、主人公とクラスメイトについては、パンショットを含めた「ワンショット」で両者を捉えることを意識しているように感じられました。ショットの選択について意識されたことがあればお聞かせください。

岡倉:脚本自体、そういう他者との断絶を描いた脚本になっていました。小・中・高と、僕自身がクラスメイトとちゃんと向き合えなかったという経験がショットには反映されていると思います。家族とはどうしても向き合わざるを得ないので、妹を置き換えた弟とは繰り返しのやりとりがあります。近所の家の女の子とも小学校まではやりとりがあって、その思い出を頼りに脚本を書いてます。自分のクラスメイトとの関係性の少なさが画面に現れているのだと思います。からかいに対して反抗するシーンなどは、カットを割っちゃうとその後も続くアクションの勢いが弱まるので、その流れを壊したくないという思いがありました。

——— いじめる側が一切反省する様子を見せず、また周囲の人には言葉が通じないという圧倒的な絶望感や孤独が、本作を忘れがたい作品としている印象がありました。ここまで執拗に「わかりあえなさ」を描いたのはなぜでしょうか。

岡倉:受け口で悩んでいて、給食のときに顔を見られて笑われたりしても、誰もそういうことを気にしていない状況で、自分もそれを小学生時点でうまく言葉で伝えられず、そういう思いを理解してもらえなかった気持ちが「わかりあえなさ」として現れていたのでしょうか。いじめる側が反省していないように見えたとのことですが、まわりに反省してほしいというよりは、自分がコミュニケーションをとる方法を知らなかったというのも重要なポイントだったと考えているので、それが作品に出ているのかもしれません。あと受け口の程度が大きく、その影響で声がくぐもって聴き取りづらかったこともあって、滑舌悪く、よく聞き返されていました。そのころの日常的な諦観の思いは物語に滲んでいると思います。

——— 終盤で主人公に対して「それを受け取るわけにはいかないの」と峰岸が放つセリフが、とてもドラマティックに感じました。あのシーンのこだわりについてお聞かせください。

岡倉:あの夜の公園のシーンは、主人公とどういうやりとりをするか悩んで、そこは脚本でもかなり苦労しました。このシーンで磯部光という男の子と峰岸真理という女の子の人間関係がはっきりするじゃないですか。ああいう男子に甘い女の子なんて、そうはいないけれど、それでも主人公は人間関係みたいなものを信じたいというアンビバレントな要素があるので、セリフを真剣に悩み、ぎりぎりのつばぜり合いみたいな感じを出そうとしました。また主人公の山本くんもそうだし真理を演じた千野さんもそうなんですけど、あのシーンが印象的に見えるのは2人の存在感が大きいですね。

——— タイトルの『アマノジャク・思春期』ですが、これはどのようにつけられたのでしょうか。

岡倉:妖怪の「天の邪鬼(あまのじゃく)」の、いつもヤラレ役でずるくて悪いことばっかりする妖怪っていうイメージがすごく気に入って、まさに自分みたいだなと思ってタイトルにしました。思春期については、顎の成長と第二次性徴の始まりとになぞらえて、コンプレックスが膨らむ時期のストーリーであることからイメージしました。最初につけたタイトルは全く違うタイトルだったのですが、このタイトルの正体不明感が良いと今では気に入っています。

『アマノジャク・思春期』より

——— 監督の映画体験について、あらためてお聞かせください。大学時代にシナリオサークルの映画上映会に参加し、ご自身でも映画を作りたいと脚本を書き始めたということですが、それ以前の映画の記憶について覚えていることがあれば教えてください。

岡倉:小さかったころ、父親が家のテレビでホラー映画を度々観ていた記憶がありました。幼いときはそれが苦手でどうしてもホラー映画を観ることが出来なかったんですけど、高校を不登校になって、引きこもっていたときに、リドリー・スコット監督の『エイリアン』(1979)を観たんです。『エイリアン』を19歳に観たときの衝撃というのは大きかったですね。高卒認定試験は受かったけれどまだ大学には行ってなかった時期で、初めて観るホラー映画は怖かったんですけど、これをあと何本か観られたら自信のなさが治るかもしれないと思ってました。

引きこもりといっても、近場のTSUTAYAとかのレンタルDVD店やコンビニには行っていたので、ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』(1978)などを観てホラー映画への耐性を付けながら、そのころに映画への憧れを深めていたのかもしれません。普通の映画も観るようになって、北野武監督の映画や、ジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』(1982)のあのすごい絶望的な世界観が好きで何度も繰り返し観てました。黒澤明監督の『七人の侍』(1954)も当時好きになった一本です。

——— 影響を受けた映画作家や、その他小説等、アーティストの表現がございましたら教えてください。

岡倉:映画はアミール・ナデリ監督の『CUT』を公開時期に観て、衝撃を受けたのを覚えています。また、漫画作品ですが、高校不登校のときに押切蓮介先生の「でろでろ」をかなり読んで、主人公の耳雄のキャラクターに憧れたりしていました。私が通っていた高校に不良がいっぱいいて、漫画に出てくる不良たちが自分のクラスメイトを思わせるところがあったんです。実際の高校生活では、自分はあまり彼らに相手にされず、無視されていたんですが「でろでろ」に出てくる不良たちはすごく温かく見えたので、好きでした。

小説ではポール・オースター先生の「ムーン・パレス」が印象に残っています。なんとも独特な描写でインパクトを与えてくれた小説というか、主人公がホームレス状態になって公園でぶらぶらしているのを記述するのに何ページも割いたり、そういう執拗なこだわりには、いまも影響を受けていると思います。かなり特異な人間関係ややりとりで攻めてインパクトを与えてくるところがあって、そういう描写について惹かれています。

——— そしてその後、ご自身も監督として映画を撮られることとなるわけですが、いま注目されている映画作家はいらっしゃいますか。

岡倉:平波亘監督でしょうか。ENBUゼミの編集室で出会って、撮影時もお手伝いいただいたのですが、その後、監督の『スケルツォ』(2008)や『トムソーヤーとハックルベリーフィンは死んだ』(2013)を観たときは、「これはすごいな」と。私と異なった映画を撮る方だと思い、それ以来追いかけています。

あとは大学時代に工藤隆史先輩から勧められて観た濱口竜介監督の作品にも感銘を受けてきました。シナリオからシーンごとにどういう効果を狙っているのかを分析したりして、独学で脚本の勉強をやったり、濱口監督のインタビューも結構読んだりしました。『アマノジャク・思春期』の教室で主人公の光が殴られた後に先生が気付かずに入ってくるシーンは、『PASSION』(2008)に出てくるシーンに影響を受けている気がします。

海外の映画作家ではアルノー・デプレシャン監督が好きです。『キングス&クイーン』(2004)や、あと『エスター・カーン めざめの時』(2000)も好きで撮影前に観ていました。ちなみに、デプレシャンの本も読み込んでいまして、「シーンをよりよく『デッサンする』ためにシーンを撮影するスピードに微妙な変化をつけはじめる」という箇所を見ては、それに影響を受け、編集作業においても実践してみたりしました。あと『デアデビル』(2003/マーク・スティーヴン・ジョンソン監督)がお好きだと書かれていたのですが、そういった商業映画やアート系映画などさまざまなジャンルの映画から影響を受けつつも、自分の独自性を見出していくスタイルにも憧れますね。

——— 最後の質問です。いよいよ作品が劇場公開となりますが、今回の上映で期待していることがあれば教えてください。

岡倉:この作品がどういう風に受け止められていくのかを知りたいというのが上映の動機なので、ご覧いただいた方に、いろいろ受け止めていただければと、まずは思っています。撮影の開始から劇場公開までにかなりの月日が経っていて、キャストの方々にも公開まで本当にお待たせしてしまったので、キャストの今後にも繋がっていってくれたらいいなと思ってます。


『アマノジャク・思春期』

STORY

小学6年生になった男の子の光は、自身の受け口を悩み抜きマスクをつけて学校へ行くようになった。

両親は、その矯正のため、光と歯科を訪ねるものの、診察で、顎の矯正には18歳頃になってから手術が必要と知らされる。

人とちがうって、どういうこと? 教室に馴染めない光の苦悩は続く。


  • 監督・脚本・編集=岡倉光輝
  • 助監督=太田恭平 撮影・照明=西村洋介・前田大和 殺陣指南=仁尾岳士 プロデューサー=錦山理沙 制作補佐=山口夏志郎・岩堀直輝 美術・メイク=山田笑子 録音=二宮崇・坂上拓也 衣装=吉澤志保 劇伴=Reimer Hilmar Eising・Pachi (Tapioca Hum)・Tobias Wilden 宣伝美術=椙元勇季
    • 山本楽 千野羽舞 古山憲太郎 河野知美 三坂知絵子 市原叶晤 大塚巧 拓羊 服部ひとみ 坂下麻里子

岡倉光輝(オカクラ コウキ)監督プロフィール

1987年生まれ、東京都育ち。大学を卒業後、今作の脚本を携え映画学校ENBUゼミナールの門を叩く。監督した映画「アマノジャク・思春期」が、撮影から 4年を経てカナザワ映画祭2017と第18回TAMA NEW WAVEで特別賞を、その翌年に福井駅前短編映画祭 2018 で、グランプリを受賞する。
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