『いたくても いたくても』堀江貴大監督インタビュー

date : 2016/12/08

第16回TAMA NEW WAVE グランプリ作品(ベスト男優賞・ベスト女優賞も同時受賞)『いたくても いたくても』(監督:堀江貴大)が2016年12月3日(土)よりユーロスペースにて劇場公開となりました。一年前にTAMA NEW WAVEで受賞された堀江監督に、その当時の感想や、本作出演のキャストの方について、さらには企画段階から撮影の裏話などお聞きしました。

聞き手(実行委員:宮崎、佐藤、安部)

呼ばれない慣れしていました

——— TAMA NEW WAVEでのグランプリ受賞から1年が経ちました。受賞が決まった瞬間はどういうお気持ちでしたか。

堀江:ベスト男優賞・ベスト女優賞と立て続けにもらって、もうこれで作品賞はないのではないかと思っていたので呼ばれた時は驚きました。今までノミネートはありましたが何か賞に引っかかるということはなかったので呼ばれない慣れしていました(笑)。実は当時撮影でバタバタしていて授賞式には行けない予定だったのですが、スケジュールが前倒しになり奇跡的に参加できて本当に良かったです。

——— ベスト男優賞を受賞された主演の嶺豪一さんとの関係についてお聞かせください。

堀江:以前に『リスナー』(2015)というオムニバス映画を撮ったときに出会いました。藝大(※1)2年の時の実習で劇場公開映画を撮るというもので、そこのオーディションに嶺さんが来てくれました。その前に藝大の先輩で去年ユーロスペースでも上映していた五十嵐耕平監督の『息を殺して』(2014)に出ている嶺さんを観ていて、凄い人がいるんだなと知ってはいたのですが、オーディションでここまでビビっとくる人はいなくて是非嶺さんとやりたいとお願いしました。その時は短編だったので3日位で撮影が終わってしまいましたが、もっとやりたいなっていうのが心に残っていました。修了制作において長編でプロレスの映画を撮ることになった時は、『故郷の詩』(2012/嶺豪一監督)のスタントマン役で結構身体を張っていることも知っていたので、是非嶺さんに出演してもらいたいなと思っていました。嶺さんありきで進めていたわけではないのですが、企画を考えていくうちに嶺さんに自然と寄っていきました。

——— 無気力な感じで何かボソボソと言うような、そういうキャラクターのイメージも既にあったのでしょうか。

堀江:『リスナー』の時は何を考えているか分からない人というのを演じてもらって、嶺さんの地も活かしたキャラクターではあったんです。今回の『いたくても いたくても』に関しては、脚本を書いた段階では嶺さんではなかったので、最初嶺さんにお願いした時は「結構セリフがあるね」という反応でした。『リスナー』ではあまりにも喋らなかったので、そのあたりを今回どううまくやるのかは実際のところ探り探りだったと思います。『いたくても いたくても』の時は無気力でありつつどこか能動的になるキャラクターだったので、難しかったのではと思います。

これはプロレス映画ではない

——— プロレスと出会ってガラッと変わると言うよりは、彼のなかで気持ちがジワジワと変わっていく感じがありました。

堀江:まさにそうだと思います。アメリカ映画的に何か出会って、着実にそこに惹かれるものを見つけて、それをお客さんにわかりやすく提示するというのは、この映画ではないのかなと。もっと様々な積み重なりのなかで、何かよくわからないけれどそれをやり始めてしまって止めれなくなっている。プロレスとの出会いが確実に彼の人生を変えたという訳でもないその感覚が、ある種リアルなのではないのかなと。嘘でもいいからもっとわかりやすく描いてよとも言われますが、嶺さんでやるのはそういうことではないと考えていました。それは嶺さんとヒロインの澁谷麻美さんのマッチでもあるのですけど、本読みを見た時に、この二人がいるところが大事だなと。これはプロレス映画ではないということをクランクイン前に僕は肝に命じていました。プロレスはあくまで人間関係の変わり目の1つの出来事であって、ベースはどちらかと言えば恋愛映画。プロレスに影響を受けて変わっていく嶺さんと澁谷さんの関係性が大事だと思っていました。

——— ベスト女優賞を受賞された澁谷麻美さんについてお聞かせください。

堀江:以前に澁谷さん主演の『螺旋銀河』(2014/草野なつか監督)を観ていて、その澁谷さんが良かったんです。声の出し方や演じ方が嶺さんと似ていて、役を生きるタイプの演じ方ですね。決して雰囲気ではなくて、ちゃんとその場にいて、立って、どのように反応して喋るか、ということを考えてくれる人だから、すごくやりやすかったです。二人に任せた時の立ち上がる時間というのが確実にあって、演出も一挙手一投足直す必要がなかった。それをやってもあまり意味がないし、硬くなっていくだけなので、それよりも二人でいる時間を見つめる方が適切だなと。澁谷さんも嶺さんのことを人として好きですし、撮影期間中、夢に出てきたと言っていました(笑)。正直、澁谷さんは本読みした時に全く思っていた役柄と違う感じだったので、あれ?と感じて。悪い意味じゃなくて自分が思ってもいない角度から来てそれが逆によかったです。

——— どのように違ったのでしょうか。

堀江:思っていたより、めっちゃゆっくり喋るな、と。この役はそういうタイプなんだって教えてもらった気がしました。脚本を書いた時は結構ハキハキと喋る感じを勝手に決めつけていたのですが、そうではない澁谷さんの発声の仕方を見て、僕はそれが良いなと思って受け入れました。

——— 澁谷さんは『螺旋銀河』の時と比べて演技の幅が広いと感じました。

堀江:一見芝居のタイプ的には何にもしてないように見えてしまうのですが、全くそうではないです。澁谷さんの考えるキャラクターと、その自分のパーソナリティ、キャラクターみたいなものをきちんとバランスをつけて演じるようにしています。それってすごいことだと思います。本当に映画のなかに生きられるので。

企画を百個出すまでは帰らない

——— 本作の脚本がどのように生まれたのかを教えて下さい。

堀江:経緯からお話ししますと、期限が迫ってきているなか、このままでは何も出ないなと思って、福岡にいた大学の後輩のところへ相談に行きました。彼の家に四日間ぐらい泊まって、企画百個出すまでは帰らないと決めてとりあえず思った事は書き出そうと。そこでどうしようもない企画がたくさん出たのですが、最後にこの通販会社の案が浮かびました。そこから企画を転がすうちにプロレスと結びつきました。脚本の初稿は僕が書いて、同期のプロデューサーの江本優作に見せたら、「本当これって堀江くんの私生活を垂れ流してるよね、こんなの読みたくない」と言われて。そこまで言わなくてもいいんじゃないのかなとも思いましたけど(笑)。それで何かこれはテコ入れで他者の視点が必要だと言うことで、共同脚本で木村孔太郎に入ってもらいました。それから初稿を骨に戻してプロットを再び僕が書き直して、二稿以降は全て木村に任せました。

——— プロレスの要素が入ったきっかけについてもう少しお伺いできますか。

堀江:僕の通っていた大学はプロレス研究会がすごく盛んなところで、友人たちが結構プロレス研究会に入っていました。年に数回、リング立てて興行を打ったりと学内でも結構人気があったのですが、そのうちの一人が就職面接の自己PRで椅子とプロレスをやるみたいなことをして、某大手配給会社に内定をもらったんです。その話を思い出して、モノを使ってプロレスするなら通販だな、と、プロレスと通販が繋がりました。周りでプロレスをやってる友人がいたのは正直大きいです。この映画もプロレス同好会の話で、素人がプロレスをしてどう成長していくのかというか、プロレス同好会の顛末を描いています。そういう意味では僕はプロのプロレスは描けないですが、あくまで素人が始めて、進んでいく話ならば自分の描ける範囲だと考えていました。

——— 実際、プロレスのシーンは観ていて盛り上がりました。

堀江:撮影準備の段階で、学生プロレスで1番有名な一橋大学のプロレス研究会の方々に協力していただきました。部長の瀬戸内着床さんにはプロレス指導のためクランクイン前の練習から当日の演出も手伝っていただき、プロレス技のリアル感であったり、どういう技の展開を見せたほうがいいのかなどを教えていただきました。リングも一橋大からお借りして、藝大のスタジオにスタッフが1日がかりで設置しました。さらに殺陣師の遊木康剛さん(『ロボジー』(2012)のロボットの中の人)にも、アクション監修として入っていただき、アングルやカット割りについても結構相談したりと、迫力の出し方については色々な方の力を借りてやってきました。元々、アクションは自分の弱点だと思っていたんです。今まではどちかといえば、会話中心の人間ドラマみたいなものを多くやってきたので。今回はそういったドラマの要素を映画にとりいれながら、どこか派手でキャッチーなアクション、かつそれが、ドラマに還元されるアクションになるようにチャレンジしました。劇中のプロレスシーンで一体どのように人間関係が変わっていくのか、ちゃんとビジュアルとして、アクションとして描くのが、今まで積み重ねてきた延長でもあるし、やってみたいことでした。

顔を撮りたいという欲望

——— 画面比率に4:3のスタンダードを採用した理由をお聞かせください。

堀江:劇中で主演の二人が住んでいる二階建ての家にカメラマンと一緒にロケハン行った時、スタンダードで撮りたいという話をしました。カメラマン自ら提案してくれたのですが、実は僕もそう思っていたので、すぐに決まりました。スタンダードで作るというのは観る範囲を狭めることでもあるので結構思い切った決断になります。普通にビスタサイズで撮ったほうが観やすいという考え方もありますが、この映画を撮るのは人物の顔を撮っていく映画だというのが共通認識としてありました。色々なひとが出てくるなかで、顔を切り取っていくのが大事だなと。プロレスの迫力を魅せるのもすごく大事ではあるんですが、顔を撮りたいという欲望は一致してたので、最終的にはそれでスタンダードで行こうと決めました。あと、昔のテレビのプロレス中継は4:3だったので、昭和プロレスのオマージュではないけど、そういうところにもある意味リンクするかなと。プロレスはビスタじゃなくてスタンダードだった、というのが僕のなかでは一つありました。

——— 「顔を撮りたかった」というのを聞いて、いい話が聞けたなと思いました。この映画はプロレスと通販が交わるユニークな設定にまずインパクトが有りましたが、観終わった後では人間ドラマが非常に魅力的だったと感じました。ドラマへのこだわりについてお聞きしてもよいですか。

堀江:最初にTAMA NEW WAVEのある視点でよんでいただいた『YOBIMIZU』(2012)にはドラマの要素がなかったと思うんです。当時は福岡にいたのですが、周りにはそれほど俳優もいなくて、友達などに出演してもらう状況で出来る最大限の面白さは、そういうドラマ部分ではないところで攻めることだと考えていました。ただ、藝大に入ってプロの俳優さんたちと仕事ができることになってからは、俳優を際立たせるような映画を撮りたいとずっと思ってきました。本作でもワンシーンがとても長いのですが、それは意図的にやっています。木村とも俳優のお芝居の密度を高めていこうと話していて、ワンシーンのなかで感情の喜怒哀楽を行ったり来たりして二人のバランスが変化していく様を描ければと考えていました。

黒沢さんがやらないことをやりたい

——— 前作『まんまのまんま』(2013)もなんですが、今、現在を生きている人たちのドラマを巧みに描写しつつ、それが映画では今まで観たことないようなドラマになっているのが個性的で惹かれます。

堀江:教授の黒沢清さん(※2)が現代口語でお芝居を作ることをあまりやらない人というのが逆に大きかったのかもしれません。黒沢さんがやらないことをやりたいので。もちろん尊敬していますし、本当に学ぶことも大きかったです。黒沢さんがゼミで、「なんかー」とか「マジで」とかそういうのがセリフに出てくるのは好きではないと言っていて、でもそういうものを映すことで、ドラマを作ることも出来ると思ってます。雰囲気映画みたいには観せたくなかったですし、お芝居の質みたいなものは確実に自分の好き嫌いがありますね。好き嫌いというか、自分のなかでのある種の正義というかOKラインです。これがOK、これはNGというのは、はっきりとあります。

——— ラストシーンの二人が素敵でした。

堀江:ラストシーンは、現実なのか現実ではないのか、少しわからない形になっていますが、カメラマンが良いポジションを見つけてきて、絶妙な距離感で撮れたと思います。離れすぎてもない、離れていてもセリフは微かに聞こえてくる距離で、僕は気に入ってます。澁谷さんが嶺さんに話しかけるんですけど、シナリオには書いていないかったんです。二人の会話はお任せだったのですが、すごく良かったです。段取りの悪いラストカットなんですけど(笑)。僕は観てて気に入ったっていうか、このグズグズ感の深みがいいなって、現場でも感動しました。

——— 話を聞いていると、映画から生まれてくる瞬間という感じがします。

堀江:最初と最後だけは映画的になったかなと。映画的なものは目指そうとは思ってなかったので、別になくてもいいかなとは思ってたんですけど、偶然立ち上がってきました。最初のジョギングに出る前のショットが、この二人を見つめる感じを出せていたんじゃないかなと。だらっとした間の、二人だけの時間というのを射ているショットが最初と最後にきっちり描けたと思っています。

——— 普段映画を観ない人も楽しんで観てくれる作品だと思いました。また、映画の面白さに出会えるきっかけにもなるんじゃないのかなと。

堀江:映画を観てくれた人に楽しかったと言ってもらえると一番嬉しいです。TAMA映画賞に行けるようにも頑張るので、今後とも宜しくお願いします。

  • 東京藝術大学大学院 映像研究科映画専攻
  • 黒沢清・・・映画監督。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻教授。主な監督作品に『CURE キュア』(97)『回路』(00)『トウキョウソナタ』(08)『岸辺の旅』(14)など。

『いたくても いたくても』

12/3(土)よりユーロスペースにてレイトショー公開

通販会社の映像制作部門で働くAD・星野健は、社長・坂口が突如始めたプロレス同好会に先輩の司会者・戸田とともに引きずり込まれる。プロレスをする星野の姿に何かを見いだした坂口は、会社の命運をかけプロレスと商品紹介を融合した新番組を開始する。同僚であり星野の彼女でもある葵は、星野が楽しそうにプロレスをしている姿をどうしても素直に受け入れることができず、戸惑いを感じるのだった。

  • 2015/DCP/98分
  • 監督・脚本=堀江貴大
  • 脚本=木村孔太郎
  • 音楽=のっぽのグーニー
  • プロデューサー=江本優作
  • 撮影=謝君謙
    • 嶺豪一、澁谷麻美、吉家翔琉、坂田聡、大沼百合子、芹澤興人、Jean、礒部泰宏、岩井堂聖子、川合空、中村圭太郎 ほか

堀江貴大監督プロフィール

1988年、岐阜県出身。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域修了。同大学院にて黒沢清監督と諏訪敦彦監督に師事する。オムニバス映画『リスナー』(15)では「電波に生きる」を監督し、劇場公開される。本作『いたくても いたくても』が第16回TAMA NEW WAVEコンペティションにてグランプリ、ベスト男優賞、ベスト女優賞を受賞。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016長編コンペティション正式出品。その後、文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」に参加し、短編映画『はなくじらちち』(16)を監督。