『知らない町』大内伸悟監督・細江祐子さんインタビュー

date : 2016/06/14

幽霊の目撃談を呼び水に様々な謎が積み重なって、日常の底に沈んだ深層意識が画面に滲み出すような、異色の映画『知らない町』。第15回TAMA NEW WAVEでゲスト審査員の西ヶ谷寿一プロデューサー(『ディストラクション・ベイビーズ』、『私の男』など)と日向朝子監督(『好きっていいなよ。』など)から絶賛され特別賞を受賞した本作の劇場公開を記念して、大内伸悟監督と出演者の細江祐子さん(中沢亮子役)にインタビューを行いました。

聞き手(実行委員:松田・細川・佐藤) 文責:佐藤

子どもの頃に見た幽霊と意識との矛盾をかたちにしたかった

——— 本作を撮ったきっかけは?

大内:子どもの頃に幽霊を見たことがあって、それを結構鮮明に覚えているんです。大人になった今は幽霊なんて存在しないと思っていて、どちらかというとそれは人間心理状態が作る幻覚なのではないかと思っています。 なんの刷り込みもなく恐怖心を持っていない子供の頃に、祖母の家で青い顔で長い黒髪の白い服を着た女が扉の奥に立っていて、自分と目が合っていたという体験をしました。これは自分の中で強い記憶として残っています。あの時の確かな感覚とそんなものあるわけないという矛盾は何かを考える上で凄く魅力的なもので それが構想の発端になっています。

——— 非常にユニークな語り口の作品ですが、作品全体の構想は最初からできていたのですか?

大内:もちろん撮りたいものは最初からあったんですが、作品の撮影を3回に分けて、それも1年ごとに撮ったりしていたので、撮ってイメージが崩れて、また補正しないといけないという感じで。一番最初に撮ったときには、先が見えない感じはありましたね。

——— 全体像が見えない中で撮影に臨まれたと思うのですが、そのような状況で役柄を演じるのはいかがでしたか?

細江:大内監督の映画に出演するのは初めてで、先が見えない状況は今思うと面白いけど、当時は大変でしたね。撮り始めてから時間が経っているので後から見ると自分も変わっている部分があって。眉毛とか体型とか(笑)。まとめて撮っていたら全然違うものになっていたと思います。揉めて揉めて出来上がったのが今のかたち。こういうオチになるとは最初は全く思わなかったです。

大内:自分のお金で撮っているから、1回撮ったらその後は猛スピードでお金を稼がないといけないので。どっぷりやることができないのもあって編集は1年くらいかけていましたね。前作の時に急いで作って後悔した部分があったので、今回はそうしたくなくて。前作を作った後に、大学で映画のことについてまだ学んでいないことがあるなと思ってプロの現場に行くようにしたんです。そこで工程とか、現場の進め方を見ていました。大学在学中は、オリジナリティを追求することを学んでいた感じで。現場でカット割とか基礎的なところを学びました。

——— カメラについてですが、手持ちのシーンが多いですね。

大内:カメラマンが50mmのレンズで撮るのをこだわっていて。人の目に近いんだそうです。観る人によって見方が変わる作品だと思っています。カメラが手持ちなのはそういう意図があります。無機的なものを出したくて、部屋のシーンは固定にしました。あそこを手持ちにすると意味が違ってしまうと思ったので。

——— 人物がいない風景が、普通の風景なのに異世界に見えるような感じがしました。

大内:大学時代からよく誰も映っていない風景を映画の中で好んで使っていました。当時から感覚的ではありますが予感や余韻のようなものを画の中に取り込むことを考えていました。カメラマンも同じ大学出身でその感覚を共有できる部分はあったと思います。本作でもそれを目指しました。

——— 自分が小さい頃に見たことがあるような、怖いような何か惹き込まれる光景が映画で観られるというのが新鮮に感じました。

大内:言葉にできない感覚の部分を共有しながら作っているような作品になったと思います。

監督のやろうとしていることをみんなで引き出すような感じでした

——— 役者から見て、大内監督はどんな監督でしたか?

細江:やろうとしていることが監督のなかにあって、みんながそれを引き出すみたいな感じでした。具体的に説明を求めるけど、言葉にすると難しいのでよくわからなくて。監督が保坂和志さんの小説が好きで今回のイメージに近い「残響」という小説を参考に渡されたので読んでみたら、監督のやりたいことのニュアンスがわかりました。言葉の表現を実際に具現化するのは難しかったけど挑戦してみることは面白かったです。

——— 説明しにくい場面が多かったと思いますが、役者の演出はどのようにされましたか?

細江:そんなに言わないですよね。

大内:そうですか?結構納得いくまでOKを出さなかった印象があるんですけどね。

細江:役者として未熟なので感情論の芝居に走ってしまいがちで、そこを抑えるように細かく言われました。でも役者によっても違うので、松浦裕也さん(西田役)はどうだったんですかね?

大内:彼は結構自由にやってもらって、割とテイクによって芝居の質が違うんですよ。それはそれで繋がらなくなるから困るんですけど(笑)。その分勢いがあるというか。繋がりは悪いんですが使いやすいです。

——— 西田が幽霊を見た時のリアクションが印象的でした。

大内:あのシーンは、求めてたのはこれだと思って、一発OKしました。なかなかそういうことなかったんですけど。松浦さんは生きている芝居をする人なんです。

——— 完成した作品を観ていかがでしたか?

細江:監督が言っていたかたちにはなっているなと思いました。

——— 現場のメンバーは和気あいあいとしていたんですか?

細江:いや、もう修羅場です(笑)。みんな先が見えなくてイライラして監督に怒っていて。でも監督がそれでも粘り強く撮影を続けたのですごいなと思いました。

大内:へこたれてましたけどね(苦笑)。

細江:みんな真剣だから怒っていたんだと思います。監督から1年くらい連絡がない時があったけど、ひょこっと連絡があったりして。あ、投げてなかったんだ、と。

言葉以前の感覚の部分を形にすることを前提に作りました

——— 観客からの感想はいかがでしたか?

大内:東京国際映画祭(2014)の時はほとんど知り合いが観に来てくれていたのもあってマイナスなことはあまり言われなかったんですけど、TAMA NEW WAVEでは一般審査員の方からのコメントで結構辛辣な意見もありましたね(苦笑)。「わからない」という感想がありましたが、わかることを前提に、そこをケアしすぎて作ったら得られない感覚があると思います。特に今回の作品は言葉以前の感覚の部分を形にすることを前提に作っていたので、そこで立ち上がってくるものを捉えてもらえたらいいのではないかと思います。感覚の部分の問題なので、捉えられない人はどうしてもいるとは思いますが。自分は映画のそういうところが好きなので、例えば、いわゆる‘泣ける’シーンとかが死ぬほど嫌いなんですよ。映画に振り回される感覚が好きで。物語がよく分からない方向に行くと自分も揺さぶられる感覚がして、コントロールが効かない乗り物に乗っている感じに高揚するし、感動してしまうんです。

——— この作品は実験性と叙情的な部分が両立しているところにアクチュアルなものを感じたのですが、現在の社会性を意識したところはありますか?

大内:社会性はそこまで意識できていなかったですけど、極力嘘くさくないように仕上げたいと思っていました。編集でどこまで熱のあるものにできるかをストイックにやっていました。撮影でそこまで計算できればいいですけど難しいので。

——— タイトルはどのようにつけましたか?

大内:「俺はこんなもんじゃない」というバンドの「知らない町」という曲があって、映画には使っていないですが、それを聴いていたときに割と感覚的に付けました。でも合っているかなと思っています。

——— 作品のキーアイテムとして出てくるソファが印象的です。

大内:あれは僕が家で使っていたものなんですが、友人から半強制的にもらったようなもので。友人も譲り受けたものなんだそうです。だから僕は前の前の持ち主のことは知らないんです。今は僕の次の次の人に渡っているみたいで。物の過去とかそういうの面白いですよね。

——— 次回作はどのような作品を考えていますか?

大内:水脈をロケ地として使いたいと思っています。昔は使われていた用水路が今は使われていなくて、東京の川が過去のものになっていることに魅力を感じるんです。

『知らない町』(公式サイト)

2016/6/11(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにてレイトショー公開

地図を片手に町の変化を記録していく地図調査員の板橋優二。ある夜、自宅へ帰ると詐欺まがいの廃品回収業をしている友人西田が法外な金額で回収したソファを持ち込み寛いでいた。そこに、その部屋の”前の住人”だった中沢亮子という女が訪ねてくる。当時、一緒に暮らしていたゴトウという男に会いに来たという。その直後、西田が優二の部屋で幽霊を見たと騒ぎになる。優二は偶然再会することとなった亮子からゴトウが既にこの世にいないことを告げられる。

  • 2013/HD/95分
  • 監督・脚本・編集=大内伸悟、撮影=安藤広樹、照明=小舟統久、録音=吉方淳二 / 光知拓郎、編集=志村朔
    • 柳沢茂樹、細江祐子、松浦祐也、伊澤恵美子、富岡大地、福岡稜真

大内伸悟監督プロフィール

2005年多摩美術大学映像演劇学科卒業。卒業制作として監督した「人はいない」でイメージフォーラムフェスティバル2005入選。受賞後ロッテルダム国際映画祭2006に正式招待され評価を受ける。2006年「パーク」を製作。イメージフォーラムシネマテークにて上映。その後、商業映画に助監督として数本参加。本作は7年ぶりの新作。

細江祐子氏プロフィール

2002年 山下敦弘監督の「ばかのハコ船」主人公の中学時代の彼女、小林マドカ役で役者デビュー。以降 主に自主制作映画に多数出演している。近年では 2013年 西村晋也監督の 「Sweet Sickness」など。2016年は Alfa Romeo のI LOVE CINEMA にて 安川有果監督の 「秘密」で主演。