第35回映画祭TAMA CINEMA FORUM
マティアス・ピニェイロ監督によるシェイクスピア翻案映画の第1作。
シェイクスピア「お気に召すまま」のリハーサルのため、とある劇団の俳優たちが、ブエノスアイレス郊外の川辺に集まる。若き俳優たちは眩(まぶ)しい陽光と豊かな自然に恵まれた環境のなか、稽古を続けるが、次第に演じる役柄と彼ら自身との境界とが曖昧になっていく……。
映画はロサリンダ役のルイサが電話しながら泣いているカットから始まり、その後、前半ほとんどが「お気に召すまま」の台詞によって構成されている。どうやら彼女は、家から追い出されることになったようだと後にわかる。それは役どころのロサリンダの追放と重なっている。「お気に召すまま」はジェンダーに代表される多くの生来的、社会的役割をしなやかに着替えていく作品であるが、本作ではロサリンダ(ルイサ)はもっともそのしなやかさから遠く、疎外されている。その疎外は途中録音した安っぽく奇妙なシンセサイザーの着信音とともにルイサに到来する。豊かで開放的な自然のなかで他の劇団員たちのキスが連続する一方、彼女がボートに一人苦戦するシーンは象徴的に映る。そして後半、決まった役割を演じるカードゲームに興じる彼女をよそに鳴る電話。心ここにあらずといった表情の彼女から強く感じられるのは自身の内にある逃れがたい部分のようだ。原案との主題的な対比とその映像的切れ味に唸(うな)る。(弦)
マティアス・ピニェイロ監督によるシェイクスピア翻案映画の第3作目。1年ぶりにメキシコからブエノスアイレスへと戻ってきたビクトル。かつての劇団仲間にシェイクスピア「恋の骨折り損」を題材としたラジオ演劇制作を持ちかける。しかし彼をよく知る女性たちとの再会は、失われた恋に骨を折るものへ姿を変えていく。
テロップでの人物紹介の最中、サッカーをする人たちのビブスの色が変わっていき、キーパーが取り残され追われる。パス回しと色の変化は、人間関係の情報伝達と変遷をダイナミックに予見する。「恋の骨折り損」を中心に翻案された本作は、ビクトルと周囲の女性関係のこじれが物語の根幹をなす。「恋の骨折り損」は王と側近たちが、フランス王女と侍女たちを口説こうと苦心する喜劇で、喜劇性は言葉遊びと手紙による情報伝達が機能しないことで生まれる。ビクトルたちの関係はパウラが戻ることでさらにこじれるが、本に記された文言や、アナからビクトルへの手紙が他人に読まれることによって関係の亀裂が決定的になってしまう。繰り返されるナタリアとの再会、理想的なパウラとの関係の終焉のイメージは、誤配された情報による、得られなかったものが作る厚みだ。劇の台詞が各々の状況を言い表すが如(ごと)く聞こえるように、多くの映像的音声的重なりが関係のこじれを示し、原案となった喜劇の舞台を喪失の映画へと見事に転換させている。(弦)
1982年ブエノスアイレス生まれ。2011年よりニューヨーク在住。監督、脚本家として、作品はベルリン、ロカルノ、カンヌといった国際映画祭でプレミア上映されている。題材にはC・パヴェーゼ、シェイクスピア、サッフォーなど文学作品を原案としたものが多い。ニューヨークのプラット・インスティテュートの准教授、サン・セバスチャンのエリアス・ケレヘタ・ジン・エスコラの映画制作プログラムのコーディネーターを務める。現在2つの新作が進行中。『You Burn Me』は長編最新作にあたる。