アジアン ニュージェネレーション

11月28日 「アジアン ニュージェネレーション」 (パルテノン多摩小ホール)

●Time Table●
12:00−13:33
14:10−15:58
16:20−17:57
Hole
メイド・イン・ホンコン
八月のクリスマス

Hole
1998年/台湾、フランス/プレノンアッシュ配給/1時間33分
 
監督・脚本=ツァイ・ミンリャン
脚本=ヤン・ピーイン
撮影=リャオ・ペンロン
美術=リー・パオリン
編集=シャオ・ユークァン
出演=ヤン・クイメイ、リー・カンション、ミャオ・テイエン、トン・シャンチェ
 
[ストーリー]
 2000年の7日前。街にはひたすら雨が降り続け、人がゴキブリのように行動する奇病が蔓延している。この街のマンションに住む男の部屋に、水道の修理工が訪れ、誤って床に穴を開けてしまう。この穴を通じて、階下の女の存在に気が付く男(リー・カンション)。女(ヤン・クイメイ)は最初、階上の男の存在を疎ましく思い、穴を塞ごうとする。だが、やがて男の存在は女の心の中に入り込み、夢の中に現れる。
 
[コメント]
 知り合いの女性の感想だと、『Hole』は女性の神経を逆なでする映画らしい。何しろ、舞台はひたすら雨が降り続ける街。部屋の中はどこもかしこもびしょぬれで、壁紙は剥がれるわ、上の階からゲロは降ってくるわ、窓からゴミは捨て放題だわで、不潔なことこの上ない。しかも、街で流行している奇病がゴキブリ病とは、若い女性に人気のあるプレノンアッシュ配給らしからぬ作品である。でも、清潔好きの女性の部屋にゴキブリ病のばい菌がジワジワと侵入する不気味な様子が、上階の男性の存在を感じる女性の心理を象徴しているようで、女性の生理感覚を実感させられる映画である。
 他にも、ミュージカルがいきなり登場する構成など、『Hole』は観客の好みが分かれる作品だ。でも、唐突に見えるミュージカルシーンも、実は階下の女性の心理を表す上で、重要な役割を果たしている。監督はインタビューで「現実には、穴が開いただけで階上の男と階下の女の関係はなかなか進展しないものです」という主旨の発言をしていた。確かにこの映画、日常生活のシーンを見ているだけでは、男と女の距離感が縮まらないままラストシーンに至ってしまう。逆に、現実の世界では男に素っ気ない態度をとる女の、うらはらな心理をミュージカルシーンから読みとることで、変化の少ない現実と、揺れ動く女の心象風景とのギャップを感じ取ることが出来る。 (濱)

メイド・イン・ホンコン
MADE IN HONGKONG
1997年/香港/NICE INDEPENDENT LTD.、天幕制作有限公司製作/東光徳間配給/1時間48分
 
監督・脚本=フルーツ・チャン(陳果)
撮影=オー・シンプイ、ラム・ワ−チュン
音楽=ラム・ワーチュン
美術=マ・カークワン
編集=ティン・サムファ
出演=サム・リー、ネイキー・イム、ウェンバース・リー、ドリス・チョウ、エミィ・タン
 
[ストーリー]
 主人公チャウ(S・リ−)は香港の団地に母親と2人で住む少年で父親は大陸から来た女と暮らしている。中学を卒業してから定職につかず、やくざの借金取立てを手伝っている。その取立てに行った団地で、少女ペン(N・イム)と出会う。彼女も、父親が借金を残して失踪し、母と二人で暮らしている。チャウの弟分である知的障害を持つ少年ロンが自殺する少女サンを目撃し、その遺書を拾う。チャウ、ペン、ロンの3人はその遺書を届けに行く途中走りだすと、ペンが突然おなかを抱えこむ。ペンは重い腎臓病でいつまで生きられるのかわからないのだと言う。チャウは臓器提供を申し込み、彼女の手術費用のために殺しまで受けてしまうが……。
 
[コメント]
 監督のフルーツ・チャンは、この作品が第2作目でスタッフもほとんどが素人なら、役者も素人。実に新鮮である。大陸から来た男たち女たちの希望と、返還後の団地に住む若者たちの絶望感。「No Future」。それは、香港の少年たちだけが感じていることではない。アメリカで、イギリスで、ドイツで、日本で、いろいろな国の若者たち、いや、年令に関係なく多くの人が感じているのかもしれない。チャウやペンみたいな行き場のない少年少女たちに言ってあげたい。「今、何も見つからなくても生きていけ!」みんなが『あしたのジョ−』になれるわけではない。燃えつきるほど夢中になれるものがなくても、生きている意味はあるのだ。
 この映画はアンディ・ラウからもらった4万フィートのフィルムのほか、あちこちから残り物のフィルムをもらって、撮ったそうだ。限られた予算とフィルムで大事に撮ったのがよかったのだろうか。すべてのシーン気合いが入っているように感じる。
 『メイド・イン・ホンコン』というタイトルもいい。まさに現在の香港がリアルだ。しかし、「香港製」の廉価であるイメージとは一致しない。低予算だが、決して安っぽい映画にはなっていない。 (kame)

八月のクリスマス
CHRISTMAS IN AUAGUST
1998年/韓国/UNO FILMS製作/パンドラ配給/1時間37分
 
監督・脚本=ホ・ジノ
脚本=オ・スンウク、シン・ドンファン
撮影=ユ・ヨンギル
音楽=チョ・ソンウ
美術=キム・ジンハン
編集=ハム・ソンウォン
出演=ハン・ソッキュ、シム・ウナ、シン・グ、イ・ハンウィ
 
[ストーリー]
 写真屋を営む平凡な青年ジョンウォン(H・ソッキュ)と駐車違反を取り締まる若い女性タリム(S・ウナ)が知り合う。好意を感じあいながらも女の子はテレで素直になれない。男は不治の病による死期が近付いているのを知って、気持ちを打ち明けない。限られた時間のなかで二人の気持ちが揺れ動く。
 死の不安といらだちのなか、それでもときめく切ない恋と家族への思いとに苦しみながらも、ジョンウォンの笑顔が優しい。出会った真夏から別れの冬景色まで、韓国の自然の移り変わりの美しさを背景に、恋する女性の美しく成長する過程が描かれていく。
 
[コメント]
 恋をすると女の子は変わるとか、綺麗になるとかよく言うけど、この映画のヒロインはまさにその通り。無邪気にアイスクリームをほおばったり、主人公を「おじさん」と呼んでからかったり(主人公はオッパ(お兄さん)とアジョシ(おじさん)とのあいだの年頃。名前ではなく、親しみをこめてこう呼ぶのは韓国ではごく普通のことである)している前半から「今日はお化粧してきれいだね。」と言われて恥ずかしがっている中盤。一人の女の子の成長が瑞々しく眩しい。
 主人公が縁側で嫁いだ姉とスイカの種の飛ばしっこするシーンが好きだ。こんな日常がいとおしい。また、ラブシーンがほとんどないこの映画のなかで、雨の中彼が濡れないように一つの傘の中に彼女を引き寄せる。その腕をハッとしたように見るヒロイン。いやぁ、初々しい!
 一番好きなのは、お婆さんが写真を撮りに来るシーン。家族と来た時はグレーのチマチョゴリだったのに、ピンクのチマチョゴリに着替えて自分の葬儀用の写真を撮りに来る。女はいくつになっても、女なのだ。チョゴリの色だけでなく、主人公が女心を察する台詞も要チェック。
 でも、「若い頃は美人だったでしょう」って言うのはどうかな。「今でも綺麗」って言って欲しいものよ。女って。 (kame)