戦後日本映画の黄金時代を牽引した旗手たち PART1

11月24日 「戦後日本映画の黄金時代を牽引した旗手たち PART1」 (やまばとホール)

●Time Table●
10:30−10:40
10:40−12:43
12:50−14:55
15:15−15:55

16:15−17:53
オープニング
ぼんち
どん底
トーク「黒澤明の世界」 ゲスト:香川京子氏、
            聞き手:北川れい子氏(映画評論家)
酔いどれ天使

ぼんち
1960年/大映(京都)/1時間44分
 
監督・脚本=市川崑
原作=山崎豊子
脚本=和田夏十
撮影=宮川一夫
音楽=芥川也寸志
美術=西岡善信
出演=市川雷蔵、京マチ子、若尾文子、越路吹雪、草笛光子
 
[ストーリー]
 大阪船場に四代続く足袋問屋の一人息子喜久冶(雷蔵)。とりしきるのは祖母と母。祖母のいいなりに商家の娘弘子を嫁にするが、弘子は姑らのいびりに耐えられず実家に帰ってしまう。以来彼の放蕩が始まる。芸者ぽん太(若尾)、仲居の幾子(草笛)、カフェの女給比紗子(越路)……。やがて第二次大戦が勃発。船場も焼け野原となり、唯一つ残った蔵に愛人たちが身を寄せてくる。彼は有り金を女たちに分け与え、河内の菩提寺に行かせる。失意のうちに祖母は他界。戦後、商売のたて直しに勤しむ喜久冶は、ふと河内を訪ねるが、愛人たちはぬくぬくと仲良く暮らしていた。その光景を見て、彼は自らの放蕩の終わりを悟る。
 
[コメント]
 週刊新潮に連載された山崎豊子の小説の映画化作品。主演の市川雷蔵は『炎上』に次いで2本目の現代劇出演である。新旧の個性派女優の競演と熱演も見事。37歳で夭逝した雷蔵は「ゆくゆくは監督もやりたいし、プロデューサーの仕事にも夢を持っている」との言葉を遺しているが、この作品は自らが企画し、映画化権獲得から監督の人選まで積極的に働きかけた野心作。22歳から57歳までのぼんちを熱演し、この年の大映の最高ヒット作となった。雷蔵といえば当たり役『眠狂四郎』の妖しい"陰"の魅力が絶大であるが、本作では彼の"陽"の魅力がよく出ている。決して下品にならないユーモアと、飄々としたしたたかさ、実に幅の広い表現力を持つ得難い俳優だった。戦前の船場の足袋問屋という舞台は、戦後生まれにとっては新鮮な未知の世界。団塊の世代の私には、祖母の家の、家の中のほの暗さ、畳と土壁の匂い、三和土の土の匂いなど辛うじて記憶に残っているが……。そして男女とも着物姿が立ち居振舞いも含めて美しく、印象的な足袋の足音。"ぼんち"とは気概のある若者というような意味だという。封建的な制約や伝統が支配する世界で、精一杯人間的に生きた喜久治。彼も女たちも自分自身を生き切っている、そんなくっきりとした人間像に爽快感があり、観終わって実に後味が良い。芥川也寸志の音楽は、モダンでからっとした印象が画面によく合っている。 (苅)

どん底
1957年/東宝配給/2時間5分
 
監督=黒澤明
原作=ゴーリキー
脚本=小國英雄、黒澤明
撮影=山崎市雄
音楽=佐藤勝
美術=村木与四郎
出演=三船敏郎、山田五十鈴、香川京子、中村鴈治郎、三井弘次、左卜全
 
[ストーリー]
 陽もあたらない、ゴミの吹きだまりの底地の貧乏長屋に暮らす江戸時代の下層社会が舞台である。だれが主役というのではないドラマで、あえて物語性を見つけるとするならば長屋の大家(鴈治郎)の後妻(山田)が、コソ泥男(三船)に想いを寄せている。が、自分の妹(香川)に気があるのが気にくわなく、妹にひどいいじめをして長屋の連中を巻き込んで一騒動になるのだが……。
 
[コメント]
 多様な文化を自らの作品に取り入れた世界の黒澤は、『蜘蛛巣城』(57年)と『乱』(85年)においては、シェークスピアの悲劇「マクベス」と「リア王」を題材にし、『白痴』(51年)はドストエフスキーを下敷きにし、そして『どん底』では、ゴーリキーの戯曲を江戸の棟割長屋を舞台に、複数の人間が登場する、いわゆるグランド・ホテル形式の作品にしてみせた。
 この作品には、黒澤世界の名傍役の人たちが素晴らしい演技を展開、黒澤ワールドを一層豊かに強いものにしてくれている。特に極めつけは、お遍路役の左卜全。貧乏長屋にフラリと現れ、絶望した人たちに希望の灯をともしフラリと消えてしまう不思議な老人を飄々と演じている。三井弘次は、本作で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞した。ラストの粋で、すごみの三井の演技が、恐いほどの幕切れになり、強烈な余韻を残す。
 最後に、香川京子の黒澤映画のデビュー作が本作であることをつけ加えておくと共に、昨年9月6日享年88歳で亡くなった黒澤監督を偲んで、今年のベネツィア映画祭において残った黒澤一家が総力をあげて完成した『雨あがる』がオープニングで追悼上映され絶賛された。黒澤最後の台本『雨あがる』には、観終わって晴々とした気持ちになるような作品にすることと書かれてあったと聞く。
 コッポラやスピルバーグやルーカスにも敬愛された黒澤明。その美学とテクニックは、死後もスクリーンに生き続けている。 (一)

酔いどれ天使
1948年/東宝/1時間38分
 
監督・脚本=黒澤明
脚本=植草圭之助
撮影=伊藤武夫
音楽=早坂文雄
美術=松山崇
出演=志村喬、三船敏郎、山本礼三郎、木暮実千代、中北千枝子
 
[ストーリー]
 メタンガスがぶつぶつ噴き出している汚いドブ池。戦後、焼け跡の残る東京に、闇市のたつ場末の町。ここを縄張りとする、肺病やみの若いやくざ、松永(三船)は飲んだくれの医者、真田(志村)を訪れる。真田は口うるさく、厳しいことを言いながらも、なんとかして松永を立ち直らせようとする。しかし松永は、自暴自棄に虚栄を張りながら、弱肉強食のやくざの世界へのめり込んでいく。
 やがて、松永の病は進み、夢の中で自分の死を見て恐怖を感じる。親分に裏切られ、兄貴分の岡田(山本)には自分の愛人、奈々江(木暮)を奪われる。
 決心した松永はドスをふところに、岡田と奈々江の住むアパートへ、向かって行く……。
 
[コメント]
 『酔いどれ天使』の製作された昭和23年、敗戦の傷跡がまだ色濃く残っていた。人々を驚かした帝銀事件、太宰治の入水自殺、福井大地震、「来なかったのは軍艦だけ」といわれた東宝争議、美空ひばりの歌手デビュー、11月には東京裁判が下った年であった。
 主人公である死に直面した若いやくざを演じたのは、新人の三船敏郎。復員兵上がりの殺気立った顔つき、しなやかな野獣のような男、松永を演じ、ほんもののやくざが出てきたかのようにいわれ、迫真の演技で一躍スターとなった。そして三船は黒澤監督の申し子となり、『酔いどれ天使』は数々の傑作を生み出す先駆けの第1作となった。
 また、キャバレーの場面では、当時の人気歌手、笠置シズ子が「ウワーオ」と「ジャングル・ブギ」を唄っている。(作曲、服部良一、作詞、黒澤明)
 この映画を最初に観たのは中学生の頃だったが、三船のぎらぎらした強烈な個性に魅せられたのを思い出す。 (橋)