●【第21回映画祭TCF】[レポート] 11/26(土)ベルブホール第1部「俳優・光石研の軌跡」 、光石研氏トーク
第21回映画祭TAMA CINEMA FORUM、11月26日(土)ベルブホール第1部「俳優・光石研の軌跡 -デビュー作『博多っ子純情』~33年ぶり主演『あぜ道のダンディ』へ-」は、2作品の上映と光石研氏をゲストに迎えてのトークという内容で開催しました。

光石研さんは今回が初めての映画祭TAMA CINEMA FORUMへのご参加。今回の上映2作品はいずれも主演作で、1978年のデビュー作『博多っ子純情』(曽根中生監督)と、2011年公開作『あぜ道のダンディ』(石井裕也監督)でした。33年ぶりの主演作公開を記念したこのプログラムでは、光石研氏のデビューの頃の思い出や、俳優として撮影現場で大切にしていることなどを、客席との質疑応答を交えながら伺いました。また、客席からは第3回TAMA映画賞の最優秀男優賞受賞のお祝いや喜びのメッセージも寄せられました。

↑ 光石研氏。当日は撮影を終えて駆けつけてくださいました
『博多っ子純情』のオーディションのエソードを語られたなかで、「偶然、友達が応募しようといってくれて、たまたま前の日にケンカして絆創膏貼って行ったというのが、振り返ってみると不思議ですね」という言葉が印象的でした。
また、「映画の撮影はたくさんの人がそれぞれの持ち場で動いていて、当時かわいがってもらって感じたのは、この人たちカッコいいなあということでした。映画っていいなと思って、自分はそんなにすごい技術とか大変なことはできなかったから俳優をやろうと思ったら、俳優もまた大変な仕事だって気付くんですけどね。最初はそんな感じでした」。『博多っ子純情』の現場での経験は光石研さんにとって大きなもののようでした。「映画の撮影は制作部、演出部、撮影部とあるように、出演する俳優も“俳優部”という感覚で取り組んでいくのがいいと思うんです。『自分が自分が……』ではなくて、全体をみながら仕事をしていきたいですね。現場でかわいがってもらえるようにと意識しています」という言葉が、150本を超える映画出演を重ねてきた光石さんの素晴らしさなのだと強く感じられました。
今年8月の湯布院映画祭で約30年ぶりに曽根中生監督と再会された(参考記事:シネマトゥデイ)ことについても、光石さんは「いつまでも最初にお世話になった曽根監督の前では恐縮してしまいますね。撮影当時からそう簡単に話せる存在ではなかったですから」と語られていました。

(c)2011『あぜ道のダンディ』製作委員会
『あぜ道のダンディ』(石井裕也監督)で演じた宮田淳一は、光石さんと同じ50歳という設定。「石井監督はじめ若いスタッフやキャストのみなさんと、大変でしたけど頑張りました。もっともっと、いまの自分にしかできない役をやってみたいですね」。田口トモロヲさんと共演した感想や、劇中でもみどころの「うさぎのダンス」のシーンについてなど、にこやかに語ってくださいました。

光石研さんは、約30分という短い間でしたが、客席と近い距離でいくつもの質問に応じてくださいました。最後に、ご来場くださったみなさんの大きな拍手で、同日にパルテノン多摩 小ホールで開催された第3回TAMA映画賞授賞式に送り出させていただきました。光石研さんはじめ、関係者のみなさん、ご来場のみなさんなど、本企画に関わりのあるすべての方に感謝申し上げます。ありがとうございました。

