日本映画をどうするのか'97

11月29日 「日本映画をどうするのか'97」 (やまばとホール)

●Time Table●
11:00−11:10
11:10−12:53
13:15−15:12
15:35−16:35
16:55−18:54
オープニング
眠る男
うなぎ
対談 役所広司 VS 武藤起一
失楽園

眠る男
1996年/群馬県人口二〇〇万人記念映画『眠る男』製作/1時間43分
 
監督=小栗康平
脚本=小栗康平、剣持潔
撮影=丸池納
音楽=細川俊夫
美術=横尾嘉良
編集=小川信夫
出演=役所広司、安聖基、クリスティン・ハキム、野村昭子
 
[ストーリー]
 山あいの河にそって町がある。河原に湧いた温泉は「月の湯」。山好きの男「拓次」(安)が山で事故に遭いそれ以来意識を失い、農家の一室で眠り続けている。一方で、町の駅の自転車預かり所で食堂を営むオモニ、少年リュウ、高校生の蘭、障害をもっているが豊かな感受性をもつワタル、小さな電気店を経営する「眠る男」の同級生上村(役所)、スナック「メナム」で働く「南の女」ティア(ハキム)の日常が描かれる。月が満ちては欠け、雨や風が濃くなる頃、「眠る男」は息を引き取る。日々の営みの中で何かが変わっていた。神社の境内で能が演じられた日、ティアは深い森に分け入る……。
 
[コメント]
 『眠る男』は群馬県という自治体が劇映画を製作する初の試みとして、各方面から様々な関心を集めた作品である。監督の小栗康平は『泥の河』(81年)『伽耶子のために』(84年)『死の棘』(90年)の3作品でそれぞれモスクワ国際映画祭銀賞、ジョルジュ・サドゥール賞、カンヌ国際映画祭「グランプリ・カンヌ1990」などを受賞している。深く美しい映像表現が特徴である。景色の美しい山間の町。季節が月の満ち欠けと共に静かにうつりゆく。人々がゆったりした時間の流れの中で暮らしているさまが伝わってくる、なつかしい感覚を呼び起こさせる映画である。街道沿いに並ぶこぢんまりとした商店街の夕暮や、たんぼの中に点在する農家の風景が郷愁を誘う。河原に沸く温泉「月の湯」には、土地の人が赤ちゃんからお年寄りまで入りにくる。湯の暖かさまでもが伝わってくる感じがする。「眠る男」の父や母をはじめ、町に住むまわりの人々の「人と自然」「生と死」「いのち」について語られる言葉がしみじみと心に残、それでいて何だか気持ちの軽くなるような趣がある。なんでも自分の思い通りになるものではなく、自然によって人間が生かされていることを改めて考えさせられる。 (草)

うなぎ
1997年/ケイエスエス、衛星劇場、グループコーポレーション/1時間57分
 
監督=今村昌平
原作=吉村昭
脚本=冨川元文、天願大介、今村昌平
撮影=小笠原茂
音楽=池辺晋一郎
美術=稲垣尚夫
編集=岡安肇
出演=役所広司、清水美砂、柄本明、田口トモロヲ
 
[ストーリー]
 一介のサラリーマン山下拓郎(役所)は、差出人不明の手紙から妻の浮気を知らされる。疑惑に苛まされた山下はある夜、釣りに行くと偽って、深夜に自宅に戻り内を窺うと、そこには裸身をさらした妻の姿が……。逆上して妻を刺殺した山下は服役し、8年間で仮出所すると、保護司である寺の住職・中島(常田)の世話で千葉県佐原市の川べりで理髪店を始める。ひっそりと自戒の生活を送る山下にとって、唯一の話し相手は一匹のウナギだけ。しかし、ウナギの餌を獲りに行った河原で自殺未遂の女・桂子(清水)を見つけたことから、山下の周囲はにわかに騒がしくなっていく——。
 
[コメント]
 出だしの凄みはさすがに「イマヘイ」である。満員電車のなかで手紙を読む山下=役所にかぶさるように、どこの誰ともつかない無表情な声で妻の浮気を告げる声が響く。そして、深夜、黒々と隆起した木立の影を背負って、釣りの装備に身を固めた山下が黙々と坂を上がって来る姿が画面の片隅に小さく見えるシーンは、主人公の心の中に沸き上がる不安、憎悪がずしんと伝わってくるようで恐ろしい。ところが、血まみれの山下が自転車に乗って近所の交番に出頭するあたりから、物語はコミカルなタッチに転調する。心にも社会的にも深い傷を負ってひっそりと暮らす山下が、桂子を始めとする周囲の人々とおずおずと交流するうちに、人間に対する信頼や愛情を取り戻していく過程を、時にユーモアを交え、時に淡々と、時には貪欲なエゴイズムを絡めながら丁寧に描いていく。したたかでウエルメイドな「癒し」の物語となっているのだ。登場人物一人ひとりが可笑しみを感じさせながらも、血の通った存在感を持っているあたり、さすがにカンヌ映画祭グランプリに匹敵する作品と言うことができるだろう。芸達者をそろえているのも見応えあるが、それに劣らず山下の営む理髪店の面する水辺の風景がじつにいい。憎しみも悔恨もサラサラと流れ去り、澄んだ生の喜びが煌めいている。 (輝)

失楽園
1997年/角川書店、東映、日本出版販売、三井物産、エースピクチャーズ/1時間59分
 
監督=森田芳光
原作=渡辺淳一
脚本=筒井ともみ
撮影=高瀬比呂志
音楽=大島ミチル
美術=小澤秀高
編集=田中慎二
出演=役所広司、黒木瞳、星野知子、柴俊夫
 
[ストーリー]
 腕編集者だった久木(役所)は、突然閑職の調査室へ左遷される。そんな久木の前に美しい人妻凛子(黒木)が現れる。久木にとって気もそぞろな恋の日々の始まり。逢うたびに高まっていく二人。そして凛子が久木を受け入れる。淑やかな女性だった凛子も久木との情事を重ねるうちに、いつのまにか底知れぬ性の悦びの深みに捉えられていく。しかし、そうした二人の関係は次第に周囲に知られるようになる。家庭を捨て世間からの孤立が深まるにつれ、二人だけの愛の充足は純度を増していく。やがて凛子の至高の愛の瞬間のまま死ねたらという願いに久木も共感するようになる。生命を絞るように求めあう二人の愛はやがて……。
 
[コメント]
 人間の裏側に潜む性愛(エロス)を書き続ける作家、渡辺淳一が楽園の喪失を描いた「失楽園」は、新聞小説として日本経済新聞に連載時から大きな話題を呼び、単行本は大ベストセラー、続く映画化にあったては、役所広司・黒木瞳というキャスティングに加え、『ハル』の森田芳光監督による映像化ということで大きな注目を浴びた。テレビドラマで高視聴率をマークしたことも記憶に新しい。これまでタブー視されてきた不倫が「失楽園症候群」なる言葉を生むほど広く共感を集めたのは初めてだ。テレクラ、援助交際、少女売春などドライな性がクローズアップされるなか、このような頑なな二人の愛は逆に新鮮に映る。この作品はイデオロギーも宗教も何の力も持ちえず、人々がそのよりどころを失った現代に突きつけられた一つの答えである。二人は真実の愛を貫くために家庭を失い、永遠の愛のために死とひきかえに人生を失う。喪失の果てにしか手に入らないものがあるのかもしれない。 (京)秘すればこその花の艶めき