カンヌを席巻した作家たち

11月20日 「カンヌを席巻した作家たち」 (パルテノン多摩小ホール)

●Time Table●
11:00−12:38
12:38−13:20
14:00−15:33
15:33−16:15
16:35−18:56
運命じゃない人
トーク 内田けんじ監督、司会:大久保賢一氏(映画評論家)
埋もれ木
トーク 小栗康平監督、司会:大久保賢一氏(映画評論家)
誰も知らない

運命じゃない人
2004年/PFFパートナーズ製作/クロックワークス配給/1時間38分
 
監督・脚本=内田けんじ
撮影=井上恵一郎
音楽=石橋光晴
美術=黒須康雄
出演=中村靖日、霧島れいか、山中聡、板谷由夏、山下規介
 
運命じゃない人
 
[ストーリー]
 気弱で“日本一いい人”の宮田(中村)は、彼女のあゆみ(板谷)に振られたばかり。帰宅するとすぐに探偵の友人・神田(山中)に呼び出され、待ち合わせ場所のレストランに向かうと、彼は真紀という女性(霧島)に出会う。宮田にとってはちょっとだけ、勇気を出した一晩。しかしその影で、とんでもない事件が起こっていたーーその背後で密かに進行していた大金絡みの犯罪とは?
 
[コメント]
 サラリーマンの宮田は今時珍しい、典型的ないい人で、こんなに良い人は絶対居ない筈……とは思いつつも、見ていて応援したくなるほどだ。実は彼を取り巻く人々、真紀、神田、あゆみ、そして、あゆみの現在の恋人・浅井の各々の視点から見た一晩はまったく違う夜だった。複雑な人間関係と、それぞれの1日が交錯する新しい感覚のスパイラルムービーである。
 本作のタイトル『運命じゃない人』は、本編では使用されなかったセリフの一部採用だ。新人監督ながらも、さすがPFFスカラシップとカンヌ4冠!と思わせる構成、脚本である。携帯電話と時間軸のズレの使い方、カメラアングル、俳優の選び方も絶妙で、観終わってから、なるほど!と思う。複雑な関係を描きながらも、オムニバス映画を観ているように簡潔でわかり易い説明で、男女5人の一夜の模様を軽やかに描いている。ラストにもしかしたら?という、期待と余韻を残しつつ終わるのも面白い。内田けんじ監督の今後に期待したい。 (ひ)

埋もれ木
2005年/埋もれ木製作委員会製作/ファントム・フィルム配給/1時間33分
 
監督・脚本=小栗康平
脚本=佐々木伯
撮影=寺沼範雄
音楽=アルヴォ・ペルト
美術=横尾良嘉、竹内広一
出演=夏蓮、登坂紘光、浅野忠信、田中裕子、岸部一徳、平田満、坂田明
 
埋もれ木
 
[ストーリー]
 とある山に近い小さな町。まち(夏蓮)は自分の居場所もまだわからない多感な女子高生。ある日、らくだにまつわる話を起点に短い物語を作り、友達とその夢物語を連鎖させながら1つのストーリーに紡いでいく。一方、町では大雨の後ゲートボール場の崖が崩れて、“埋もれ木”と呼ばれる古代の樹木が地中から姿を現す。
 夢と物語と現実が少しずつ重なり始め、ファンタジーの世界が開けていく。
 
[コメント]
 どの映画にも総じて言えることだが、特にファンタジーをテーマとして扱った作品では、作家がスクリーン上に創造したものが観客にどのようなイマジネーションを喚起させるかによって印象が大きく異なってくる。この小栗監督の作品はストーリーを理解するための説明を一切省き、「あなたはどこまでイマジネーションを発揮する力がありますか?」と一人ひとりの観客に投げかけているようにも思える。投げかけられた観客の一人としては、自分の空想力の弱さにはがゆさを感じつつも、詩的で奥行きを感じさせる美しい映像・音楽・自然の営み・人々に流れる緩やかな時間に酔うことが出来、至福の時間を過ごせたことに対して監督に感謝したい気持ちでいっぱいだ。
 まちを演じた夏蓮は本作品のオーディションで見出された中学生だが、透明感と儚さを持ち合わせた正に“可憐”な少女で、このファンタジーのもつ空気に見事にマッチしている。 (淳)

誰も知らない
2004年/テレビマンユニオン、バンダイビジュアル、エンジンフィルム、シィースタイル、シネカノン製作/シネカノン配給/2時間21分
 
監督・脚本・編集=是枝裕和
撮影=山崎裕
音楽=ゴンチチ
美術=磯見俊裕
出演=柳楽優弥、北浦愛、木村飛影、清水萌々子、韓英恵、YOU
 
誰も知らない
 
[ストーリー]
 トラックからアパートに荷物が運び込まれてゆく。引っ越してきたのは母けい子(YOU)と4人の子供たち。その夜の食卓で母親は新しい家でのルールを言い聞かせる。子供たちの父親はみな別々で学校に通ったこともない。そして、母親は現金20万円だけを残して失踪してしまう。そこから長男明(柳楽)が一人で弟妹たちの面倒を見ることになるのだが……。
 
[コメント]
 主演の柳楽優弥が史上最年少の14歳という若さで、2004年カンヌ国際映画祭主演男優賞に輝いた話題作である。母親が父親の違う4人の子供たちを置き去りにするという実際に起きた衝撃的な事件を元に構想から15年、是枝裕和監督が満を持して映像化した作品である。最初にショックを受けたのは引越しで運び込まれたトランクの中身である。このことがその後を予感させるシーンと言っても過言ではない。4人の子供たちは学校に通ったこともなく、アパートの部屋で母親の帰りを待つ。冷蔵庫の中の食料がなくなり、母親が置いていったお金も尽きて電気・ガス・水道もストップしてしまう。一見子供に優しい母親だが、それ故に悲惨な結果が待っている……。
 本当に衝撃的な作品であるが、明の姿を通して家族や社会のあり方を問うている作品でもあるような気がする。 (則)

●ゲストの紹介
内田 けんじ(うちだ けんじ)氏

 1972年神奈川県生まれ。高校生の時に映画製作への道を志す。92年サンフランシスコ州立大学芸術学部映画科に入学。8ミリから35ミリまでの映画製作技術をはじめ、脚本技術も学ぶ。帰国後、自主製作した『WEEKEND BLUES』が第24回ぴあフィルムフェスティバル「PFFアワード2002」にて企画賞[作品の優れた企画性に対して贈られる]、ブリリアント賞[最も光輝く才能を感じさせる作品に対して贈られる]をW受賞し話題となる。
 劇場デビュー作となる『運命じゃない人』では物語の構成力に磨きをかけ、人物描写の豊かさを発展させたエンタテインメント性の高い作品となっている。
 
小栗 康平(おぐり こうへい)氏

 1945年群馬県生まれ。81年『泥の河』で監督デビュー。キネマ旬報ベストテン第1位、毎日映画コンクール監督賞等、多くの賞を独占し海外でも高い評価を受ける。『泥の河』と次作『伽や子のために』(84年)、『死の棘』(90年)の3作品は、いずれも1950年代を舞台としており、戦後生まれとしての“日本人と私”を問い続けた小栗康平の“戦後3部作”と位置づけられている。又、96年には自身初のオリジナル脚本による『眠る男』を発表しモントリオール映画祭審査委員特別大賞を受賞。そして今年6月には9年ぶりとなる新作『埋もれ木』が公開された。
 
司会:大久保 賢一(おおくぼ けんいち)氏

 1950年生まれ。大学時代に映画の上映活動、16mm映画制作(担当は製作)をし、75年に原正孝(現・原将人)らと雑誌「NEW CINEMA EXPRESS」を刊行、多くの自主映画を上映。80年代にかけて“ぴあフィルムフェスティバル”の審査に関わり、多摩芸術学園、多摩美大の教師にもなって多くの作家に出会う。 ロッテルダム、ボンベイ、ダマスカス、仏クレルモン・フェラン、カンヌ、ベルリンなどの映画祭に、日本映画上映の手伝い、審査員、プレスとして出かけてさらにたくさんの面白い作家と出会う。
著書:「カルチャースタディーズ映画:二極化する世界映画」(朝日出版社)ほか